石塚硝子株式会社

石塚硝子の
あゆみ

石塚硝子は今年200周年。モノづくり ヒトづくり ユメづくり

2019年、石塚硝子はおかげさまで創業200周年を迎えました。
これもひとえに多くの皆さまのご支援の賜物と心より感謝申し上げます。
1819年、ガラスがビードロと呼ばれていた時代、
創業者石塚岩三郎は未知の世界を求めビードロに出会い、
ビードロ作りに夢を託したのでした。
それ以来代々受け継がれ培われてきた精神や技術により生み出された製品は、
皆さまの身近な生活の中で息づくようになりました。
そんな夢を追い続けた200年のあゆみの一端をご紹介します。
そしてこれからも未来に向かって「モノづくり」「ヒトづくり」「ユメづくり」を合言葉に
いつの時代にも求められる企業を目指してまいります。

1800

初代岩三郎の書
初代岩三郎の書
~1867 創業者
石塚岩三郎
下総国関宿の久世大和守家臣、石塚清助の次男。文武に代え、長崎へ赴きガラスの製法を習得をする。
ガラスの製法を学ぶ初代岩三郎(想像図)
ガラスの製法を学ぶ
初代岩三郎(想像図)
二代目 石塚文左衛門
二代目 石塚文左衛門
1844~1910 二代
石塚文左衛門
創業者岩三郎長男。
ガラスづくりを工場化し、大衆の為の製品(ランプのホヤ、共栓薬びん)づくりへと発展させた。
三代目 石塚岩三郎
三代目 石塚岩三郎
1875~1964 三代
石塚岩三郎
名古屋硝子製造同業組合初代頭取就任など業界の発展に努める。
新工場の建設及び全自動製壜機の導入により、ガラスびんの大量供給を可能とし、大衆の暮らしに貢献した。

1900

四代目 石塚正信
四代目 石塚正信
1900~1989 四代
石塚正信
東京高等工業(現東京工業大学)窯業科卒と同時に家業に入る。
新たな溶融技術を導入し、ガラス品質の飛躍的な向上と大量生産によるコストダウンなど、国産ガラス製造としての技術力を飛躍させた。
五代目 石塚芳三
五代目 石塚芳三
1931~ 五代
石塚芳三
新たなビジョン「ガラスを究め、ガラスを超える」を定め、新たな素材や技術開発に注力した。
また、紙容器・プラスチック容器・PETボトルと総合容器メーカーとして事業を大きく拡大した。
六代目 山中昭廣
六代目 山中昭廣
1947~ 六代
山中昭廣
グループ会社化の推進、びん・食器の生産体制再編を行い事業構造の改革を進めた。
また、企業文化・風土の改革と現場力再生強化を推進した。
七代目 石塚久継
七代目 石塚久継
1965~ 七代
石塚久継
1819
文政2
石塚岩三郎(初代)が現在の岐阜県可児市土田でガラス製造を始める。
初期に使用されたるつぼ
初期に使用されたるつぼ
1850
嘉永3
尾張藩主徳川慶勝公よりビードロ細工の注文を賜る。
土田村庄屋が初代岩三郎に与えた覚書
土田村庄屋が初代岩三郎に与えた覚書
1871
明治4
ランプのホヤ、共栓薬びんの製造開始
ランプのホヤ及び共栓薬びん
ランプのホヤ及び共栓薬びん
1881
明治14
小びん類の製造開始
1888
明治21
名古屋市東矢場町に工場を新設し、創業の地である土田村から名古屋に移転
工場
工場
1891
明治24
濃尾大地震により工場半壊、一か月間の休業を余儀なくされる。
1895
明治28
名古屋市東区西二葉町に土地を購入、工場住宅を併設
1897
明治30
石塚岩三郎家業継承
量産の為の大気連帯窯の改良に成功
1926
大正15
名古屋市中区御器所町江越(現昭和区高辻町)に新工場を建設
1927
昭和2
国内で初めてシーメンス式タンク窯での白生地の溶融に成功し、白生地製品の大量生産の道を拓く。
シーメンス式タンク窯の図
シーメンス式タンク窯の図
1937
昭和12
工場増設
全自動製びん機設置、操業開始
1941
昭和16
有限会社石塚硝子製造所に組織変更
1945
昭和20
本社並びに本社工場戦災により焼失したがすぐさま再興し電球バルブの製造を開始
電球バルブ
電球バルブ
1946
昭和21
石塚硝子株式会社に改組
1947
昭和22
東京事務所開設
1951
昭和26
石塚正信取締役社長に就任
1961
昭和36
名古屋証券取引所に上場
愛知県岩倉町(現在の岩倉市=本社所在地)に工場を新設稼動し、食器事業に本格的に参入
その後、びん工場を新設しびん事業を拡大
食器ブランド「アデリア」誕生
岩倉食器工場火入れ式
岩倉食器工場火入れ式
1962
昭和37
東京証券取引所に上場
1966
昭和41
岩倉町に鉄筋コンクリート三階建の社宅建設
食器部門拡大の為、溶融炉および成型機を増設。細足コップの製造と自動印刷が可能となる。
1968
昭和43
社宅(独身寮、鉄筋コンクリート四階建)建設
食器溶融炉増設。壜工場も増設し色素地製品に進出
1971
昭和46
ガラスセラミックス(デビトロン)の開発に成功し、現在の機能性マテリアル事業へと展開
ファインセラミクス
ファインセラミクス
1972
昭和47
ウイストン株式会社を設立し、プラスチック容器事業に進出
プラスチック容器
プラスチック容器
1975
昭和50
石塚芳三代表取締役社長就任
1976
昭和51
アイピーアイ株式会社を設立し、紙容器事業に進出
アイピーアイ福崎工場
アイピーアイ福崎工場
1984
昭和59
東京工場を新設稼働
東京工場
東京工場
1989
平成元
長期経営ビジョン「ガラスを究め、ガラスを超える」、スローガン「チャレンジトゥモロー」発表
長期経営ビジョン
長期経営ビジョン
1990
平成2
久金属工業株式会社に資本参加し金属キャップ事業に進出
1996
平成8
PET容器工場を東京工場内に新設稼働しPET容器事業に進出
1997
平成9
日本パリソン株式会社を設立しPETプリフォーム事業に進出
2003
平成15
株式会社アサヒビールパックスと合併し、姫路工場として稼働開始
本社機能を名古屋市昭和区高辻より岩倉工場に移転
姫路工場
姫路工場
2004
平成16
山中昭廣代表取締役社長就任
2005
平成17
石塚玻璃(香港)有限公司を設立し、中国進出の足がかりとする。
2006
平成18
アイピーアイ株式会社の株式を全数取得し完全子会社化
2007
平成19
研究開発センターを岩倉工場内に新設
2009
平成21
亜徳利玻璃(珠海)有限公司を設立し、中国でのガラス食器の生産拠点とする。
2010
平成22
アイピーアイ株式会社を吸収合併
2012
平成24
台湾の遠東グループとの合弁により、遠東石塚グリーンペット株式会社を設立
2013
平成25
石塚久継代表取締役社長就任
2015
平成27
鳴海製陶株式会社を完全子会社化

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